「ボスト・トゥルース」勝利の時代――兵庫県知事選
2024-11-18


だから、「県議の陰謀にはめられた」とか、県民のためによいことをやろうとしたから邪魔されたんだ、「内部タレこみなんかするのはロクな奴じゃない」とか言われると、同じく素直な選挙民は、えっ、そうなのか、じゃ、サイトウがんばれ、とついついなる。最初一人二人だった演説の場にも、十人、二十人と熱心な聴衆が集まる(それはいわゆるサクラだろう、そして動員力があるのは…)。それはやがて数百人、千人となる。これは、石丸現象のときにも使われた手だ。
 そうこうするうちに、危うい雲行きに焦った対抗陣営は、斉藤批判を強め、知事としての資質を問題にする。そうなると斉藤推し陣営の思うつぼだ。そうやって斉藤を陥れたんじゃないかと疑われ。
 これが選挙期間内にできれば、斉藤、雪辱の凱旋である。
 
 しかしこの当選は斉藤自身の力によるものではまったくない。斉藤をサポートする「ボランティア・グループ」というのが、この人物を再当選させることで、日本の選挙政治を自分たちの意のままに操作し、そういう人物を使って日本の政治の動向に大きな影響力をもつ、そのような利害が一致していただけである。つまりSNSと生劇場の相乗効果でブームを作る選挙プロ、いわば公共的正義の論理で失職させられた人物を、フェイク情報汚染で掻き乱して逆に当選させる、そのことで正義の論理を攪乱し、その攪乱を影響力にする立花のような人物、それにカルト動員で支援して、いわゆる左翼潰しをはかる統一教会、彼らは示し合わせていなくても連携プレーができたのである。斉藤はその神輿にすぎない(政策論義などにはほとんど意味がない)。『世界日報』はXで折も折、こんな投稿もしている、「トランプ圧勝、日本も左翼思想を押し返せ、トランプが巻き起こす保守主義の潮流に我が国も乗り遅れるな…」。
 
 この選挙は県知事選挙ながら、日本の選挙政治の歴史を画するものになる。選挙は今まで、いわゆる「民主主義」の実効メカニズムだと思われてきた。しかし「民意」はいかようにでも操作される。人びとは進んで操作されるのだ。SNSコミュニケーションに侵蝕されたメディア網を通じて。その最大の特徴は「真実(ほんとうのこと)」にはもはや何の価値もないということだ。ウソだろうがデタラメだろうが、必死で訴える「真実」だろうが、断片的に受け取る人びとにとっては違いがなく、ほんとうらしいこと、受けとめたいこと(願望に適うこと)だけが、イイネつきで拡散される。そして「推し」の頻度が高いものだけが(質とか何とかには関係なく)流通力・伝搬力をもつ。それをもう15年以上前に「ポスト・トゥルース」状況と呼んだ人がいるが、その語を「ほんとかどうかにはもはや意味も価値もない」という情報流通のレジームだと理解するなら、今度の知事選は日本の「ポスト・トゥルース状況」の勝利を画する選挙だった。
 
 『世界日報』が引きつけているように、アメリカの「トランプ現象」もそれと無縁ではないが、簡単に同一視することはできない。Xの社主であるイーロン・マスクがトランプ現象に公然と参画していることにも表れているように、アメリカでは「ポスト・トゥルース」はすでに「リアル」と一体化してしまっているからだ(トランプはウソを言いまくっているわけではない、バンスが道化に過ぎないとしても「ヒルビリー」にも響いてしまっている)。

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